1/3残しといて、よかった
少しずつ、こちらのブログを更新していきたいと思います。
誰にも見られないかもしれないので、ひっそりと続けるにはいいだろうと思っています。 今日は2025年6月14日。
1/3ほど残したままになっていた宮地尚子さんの「傷を愛せるか」読了しました。 今読めて、よかった。 ここ最近、ずっとしんどかったんです。
ふと、支援の仕事に対する熱が冷めたというか。 中学・高校生くらいから家庭内で「ヒーロー」や「ケアラー」であることで
自分を保ってきたこと、「家族」をなんとか保ってきたことに、ふっと気づいてしまったんです。 今思うと、新卒で就職するときに、ずっと東京に行きたいと言い続けていたのは
家族から離れたいという気持ちがあったのかもしれません。 常に、冷静で、優秀。
そんなロールを演じてきた気がします。 対人援助がやりがいがあるとか、僕自身に適性があるとかじゃなく
40年弱の人生の中で、ケアラーとしてふるまうことしか
自分を保つ方法を知らなかったのかとふと気づき、足元がぐらついていました。 職場や街中でも「感情的な人」に嫌悪感を感じてしまうことがあります。
僕自身がずっと感情を抑圧してきたことの裏返しかもしれません。 今までのキャリアを振り返ると、常に「誰かのため」に自分を投げ打ってしまうことばかりで。
それが「自分」でもあるけど、もうちょっと「自分のため」に何かする時間を増やしたい、そんなふうに今思っています。 『「専門家」だって傷つくよ、傷になれることなんてないんだよ、自分の傷なんて被害者に比べたらたいしたことない、なんて思わなくていいんだよ、と。「専門家」だって、包帯を巻いてもらっていいんだよと。』 例え自分の傷を癒すためだったとしても、僕の原動力が、家族内で演じてきたケア的なロールによる蓄積によって、なせることだったとしても
これからも、支援の仕事を続けてもいいのかもしれない 傷を抱えながら
そんな自分のままでも なんとか進みたい
誰にも見られないかもしれないので、ひっそりと続けるにはいいだろうと思っています。 今日は2025年6月14日。
1/3ほど残したままになっていた宮地尚子さんの「傷を愛せるか」読了しました。 今読めて、よかった。 ここ最近、ずっとしんどかったんです。
ふと、支援の仕事に対する熱が冷めたというか。 中学・高校生くらいから家庭内で「ヒーロー」や「ケアラー」であることで
自分を保ってきたこと、「家族」をなんとか保ってきたことに、ふっと気づいてしまったんです。 今思うと、新卒で就職するときに、ずっと東京に行きたいと言い続けていたのは
家族から離れたいという気持ちがあったのかもしれません。 常に、冷静で、優秀。
そんなロールを演じてきた気がします。 対人援助がやりがいがあるとか、僕自身に適性があるとかじゃなく
40年弱の人生の中で、ケアラーとしてふるまうことしか
自分を保つ方法を知らなかったのかとふと気づき、足元がぐらついていました。 職場や街中でも「感情的な人」に嫌悪感を感じてしまうことがあります。
僕自身がずっと感情を抑圧してきたことの裏返しかもしれません。 今までのキャリアを振り返ると、常に「誰かのため」に自分を投げ打ってしまうことばかりで。
それが「自分」でもあるけど、もうちょっと「自分のため」に何かする時間を増やしたい、そんなふうに今思っています。 『「専門家」だって傷つくよ、傷になれることなんてないんだよ、自分の傷なんて被害者に比べたらたいしたことない、なんて思わなくていいんだよ、と。「専門家」だって、包帯を巻いてもらっていいんだよと。』 例え自分の傷を癒すためだったとしても、僕の原動力が、家族内で演じてきたケア的なロールによる蓄積によって、なせることだったとしても
これからも、支援の仕事を続けてもいいのかもしれない 傷を抱えながら
そんな自分のままでも なんとか進みたい
